2022-04-01から1ヶ月間の記事一覧

4/30

「故郷やどちらを見ても山笑ふ」。おととい訪れた新潟県の豪雪地帯は子規の句さながらの春景色。淡い緑のグラデーションが風にさざめいていた。雪解けでぬかるむ棚田の中で、農民をかたどったカラフルな彫刻が見える。イリヤ&エミリア・カバコフ夫妻の作品だ…

4/29

詩人、長田弘さんの昭和末期の詩集に「食べものにはね、/世界があるんだ」と説き起こす一編がある。食べもの一つ一つに「生きられた国」があり、パンならその種類だけ国がある。そして「真っ赤なビートのスープの中には/真っ赤な血を流した国がある」。 ビー…

4/28

軍艦島の動画が手元のスマホに残っている。長崎港の南西沖18キロメートル。この炭鉱の島は洋上に特異な景観を有し、2015年に世界文化遺産に登録された。ビデオは当時の取材の記録だ。クルーズ船が外海に出るや、波しぶきが乗客を見舞う。注意のアナウンスが…

4/27

祇園精舎の鐘の声、の出だしで有名な「平家物語」は、もののふたちの涙ながらの苦悩も伝える。今の神戸市の海岸で繰り広げられた一ノ谷の戦い。源氏方の熊谷直実は、豪華なよろい姿の若武者を見つけて、組み伏せた。我が子と同じ10代半ばで、高貴な身分らし…

4/26

36年前のきょう、チェルノブイリ原発4号機の原子炉が爆発した。直後に駆けつけた消防士は大量の放射線を浴び、むごたらしい姿で死んでいく。付き添いたい、と頼み込む妻に看護師は言った。「ご主人は人間じゃないの、原子炉なのよ。一緒に死んじゃうわよ」。…

4/25

今から63年前の4月6日、北海道の知床沖で大規模な海難事故が起きた。低気圧の接近で、陸地から数キロの距離を戻ることができなくなったのだ。15隻が沈没・転覆し、死者と行方不明者は計85人に達する。熟練の漁師も天候急変による雪まじりの暴風の犠牲となっ…

4/24

映画のスケジュールの確認は、もっぱら情報誌「ぴあ」に頼っていた。そんな熟年世代もおられよう。名画座で本誌を提示すると、料金が割引になった。もう一つの楽しみは、紙面の端の読者投稿欄だった。若者が日常の喜怒哀楽や時事問題のネタを寄せた。 これは…

4/23

さだまさしさんが40年前に発表した「前夜(桃花鳥)という歌がある。子供がテレビニュースの戦争映像に歓声をあげる。時期的にイラン・イラク戦争か。命が消える場面を人ごととして見ることに怖さを感じるが、番組はお笑いに変わっている。そういう詞だった…

4/22

少し前まで日曜日の早朝のNHK総合テレビで「10分で巡るにっぽんの廃線」という番組が放送されていた。今は運行を取り止めた各地の鉄道が、車両や沿線とともに紹介されていく。古い映像の乗客の表情には、鉄道と暮らしが結びつく安堵や喜びがみられた。 遠か…

4/21

東京・豊島のトキワ荘跡近くの住宅街にそのモニュメントはある。4人のキャラクターがにっこり笑うほのぼのとしたイラスト。描いたのはよこたとくおさん。先日、短い訃報記事が載った。85歳。同じ時期をトキワ荘で過ごした藤子・不二雄Aさんの悲報の翌日であ…

4/20

いまのウクライナ辺りに住んでいた古代スキタイ人が、ペルシャ王に4つの絵を送りつけた。鳥、モグラ、カエルと5本の矢。鳥のように飛べるか。モグラのようにもぐれるか。カエルのように跳べるか。できないなら、我らの矢の前に降参せよ。そんな意味だった。 …

4/19

徳川幕府の「生類憐みの令」は最初のころ、それほど厳格ではなかったと言われる。しかし将軍綱吉はこの政策に固執し、お触れを頻発した。やがて魚釣りもダメ、鳥を飼うのもご法度とエスカレートしていく。将軍の権威を笠に着る役人たちは取り締まりを競った…

4/18

むらさき色のフジの花の房が風に揺れている。薄曇りの空高く、ヒバリのさえずりは絶え間なく、ツバメは虫を追って自在に宙を舞っていた。先日訪ねた愛知県半田市は春の盛りだった。数々の童話を残した作家、新美南吉のふるさとである。記念館で事績をたどっ…

4/17

日本には約2000の法律があり、なかにはとんでもなく長い名が存在する。「日本国とアメリカ合衆国の間の相互協力及び(中略)道路運送法等の特例に関する法律」。途中をはしょったが、全部で110字。在日米軍の車両の扱いを定めた内容だという。 参議院法制局…

4/16

戦前からプロ野球で活躍したロシア出身の投手、ビクトル・スタルヒンには「須田博」の日本名を強いられた時期がある。外国人や外国語排斥の動きが強まっていた1940年、球界は世間の批判を恐れ、本名を塗り消したのだ。やがて試合への出場も許されなくなる。 …

4/15

新聞、ラジオ、テレビなどで昔も今も人気の高いコーナーが身の上相談だという。男女の問題。家庭や職場での葛藤。近所づきあい。小さな世界と分かっていても、当事者にとっては大きな悩みを縷々打ち明ける。読者や視聴者はそこに人の本音を見出し、共感する…

4/14

1953年、ソ連の最高権力者スターリンが死去した。国葬の準備の裏側で、側近たちが後継の座をめぐり権謀術数の椅子取りゲームを展開する。2018年に日本で公開された英国人監督の映画「スターリンの葬送狂騒曲」は実話をちりばめた皮肉たっぷりの喜劇だ。 とこ…

4/13

沖縄のシークワーサーは、きゅんとすっぱさが際立つ印象が強い。名前の由来も方言で「酸(シー)を食わせる」だというが、冬には黄色く熟し甘さを増す。今週から当地を舞台に始まった連続ドラマ「ちむどんどん」では、主人公が木からじかに緑の実をもいでか…

4/12

30年以上前に卒業旅行で訪れたパリのオルセー美術館。真っ先に向かったのがミレーの「落穂拾い」だった。3人の貧しい農婦が収穫後の畑にかがみこみ、麦の穂を集めている。与えられた生をただ生きることの清らかさが、心に深くしみ通る。今も最も好きな絵画だ…

4/10

13年前の米ニューヨークで、離陸直後の飛行機がマンハッタンの横を流れる川に不時着する事故があった。鳥の衝突でエンジンが2つとも止まったためだ。近くの空港を目指しても間に合わない。機長のとっさの判断が乗客乗員、全155人の命を救ったとされる。 事故…

4/9

水でさっと洗った小豆をいったん煮立てた後に、弱火でじっくり加熱する。ぐつぐつ音の立てる鍋をのぞき込むと、柔らかい香りに包まれる。砂糖と塩の量はお好みで。連続ドラマ「カムカムエヴリバディ」を見て、そんな至福のときを楽しんでみた人もいるのでは…

4/8

「この長征にこそ中国共産党の、全中国の運命がかかっている!!」。きのう、訃報が伝わった漫画家、藤子不二雄Aさんが1971年に雑誌に連載した「劇画毛沢東伝」の一場面だ。版画を思わせる重厚な筆致で、革命家の生い立ちから建国宣言までを描ききっている。 …

4/7

三菱総合研究所理事長の小宮山宏さんが2005年に東京大学長になったとき、最初の大仕事は入学式の式辞を読むことだったという。本紙「私の履歴書」で舞台裏の一部を明かしている。準備を始めたのは就任する数ヶ月も前。幾人かの同僚に相談し、内容を練ったそ…

4/6

北朝鮮が輝いて見えた時代が、かつてあった。それを象徴するのは浦山桐郎監督の映画「キューポラのある街」だろう。貧しくも健気な少女ジュンの成長を描く物語は、在日コリアンの少年サンキチの帰国をめぐる物語でもある。ちょうど60年前の4月に封切られた。…

4/5

「南昌に九里菜の花のさかりかな」とは映画監督、小津安二郎の俳句だ。南昌は中国江西省の省都。1939年の春、小津は一兵士として日中戦争の前線で戦っていた。目的地まで九里、およそ35キロの行軍の道の両側は広大な菜の花畑だった。戦場にも季節の花は咲く…

4/4

昭和のヤンキーたちは漢字が大好きだった。「夜露死苦」と書いてヨロシクと読ませ、アイ・ラブ・ユーは「愛羅武勇」と殴り書きにした。「愛(あい)死天流(してる)」「仏(ぶっ)恥義理(ちぎり)」などというのもあったそうだ。すごみを利かせたい面々は…

4/3

「重役室にいるときの重役ほど威厳のある者はない」。短編小説「颱風さん」は思わずうなずく一行で始まる。作者の源氏鶏太は会社員経験を生かし「三等重役」「停年退職」などの作で共感を集めた。時は前後の好景気。経営は家族主義、評価は人物重視だった頃…

4/2

沖縄では、春分から5月10日前後までの梅雨入りまでの時期を「うりずん」と呼ぶ。「潤い初め」が語源とされる。寒からず暑からず、1年のうちで最も過ごしやすいころだが、悲惨な記憶も呼び起こす。77年前の1945年4月1日、米軍が本島の中西部に上陸したのだ。 …

4/1

作家の田辺聖子さんが女学生時代に書いていた日記がある。3年ほど前に亡くなったあと、遺族が自宅からたまたま見つけたノートのタイトルは「十八歳の日の記録」。数え年で18になった1945年、終戦を控えた4月から書き起こされた、多感な少女の思索の跡だ。 よ…