2022-06-01から1ヶ月間の記事一覧

6/30

貧しさに負けた/いや世間に負けた/この街も追われた…。子どものころ深く意味も考えずに、男女のかけ合いをまねて歌った方も多かろう。絶望ソング「昭和枯れすすき」である。1974年に始まったドラマ「時間ですよ・昭和元年」の挿入歌になり大ヒットした。 売…

6/29

「結婚しようよ 僕の髪はもうすぐ肩まで届くよ」。学生運動が冷めた後、等身大の日常を繊細にすくい取った吉田拓郎さん。エレキギターにサーフィンと、大衆の憧れを次々体現した加山雄三さん。時代と相照らしつつ、芸能シーンを引っ張ってきたふたりだろう。…

6/28

夏の盛り、紀州の殿さまが大阪の豪商を訪れることになった。趣向を凝らしたもてなしに知恵を絞る。ガラス製のこたつに水を張り、庭には雪景色。さらに須磨(いまの神戸市)の風を木箱に詰めて運び、涼んでもらいましょう。上方落語の「須磨の浦風」である。 …

6/27

5年前、批評誌「ゲンロン」が2号にわたり現代ロシア思想の特集を組んだ。ここで紹介されたのが「ソ連崩壊後のロシアを代表する右派論客」というドゥーギン氏の「第四の政治理論」という一文だ。プーチン氏を支持するロシア人の心の内を知ろうと、ひもといた…

6/26

1970年の映画「家族」はほろ苦いロードムービーだった。北海道の開拓地での生活に希望をたくす一家が長崎の島を出て、高度経済成長にわく日本列島を旅する。赤ん坊と幼い息子を連れ、老いた義父をいたわるしっかり者の若い妻を倍賞千恵子さんが演じていた。 …

6/25

ソーダ水の中を貨物船がとおる/小さなアワも恋のように消えていった。胸に響く詞に、洗練されたメロディー。アルバムに酔い、大がかりな仕掛けのライブに熱狂した記憶をお持ちの方も多いだろう。ユーミンこと松任谷由美さんが近くデビュー50年を迎える。 197…

6/24

東京五輪の公式記録映画を見に行った。新型コロナのほか人種差別やジェンダーといったテーマを選手の姿に静かに重ねる描写が印象的だったが、同時に驚いたのは観客の少なさだ。平日の上映回とはいえ、座席についた人を数えてみると8人だった。 封切りから3日…

6/23

「鉄の暴風」と形容される沖縄戦で降り注いだのは鉄砲弾だけではない。日米双方が相手の戦意をくじこうと宣伝ビラをばらまいた。圧倒的なのは米軍で、火薬に代えて数百枚を詰めた砲弾を撃ち込んだ。太平洋戦域で初の本格的な心理作戦だったと、沖縄県史にあ…

6/22

1974年版の「通信白書」に、技術革新による「在宅勤務への道」を説いた一説がある。いまや交通量は増大の一途、移動時間のロスも大きいと指摘して「積極的な通信による交通の代替」を唱えた。米国の「リモート・ワーク・センター」計画などにも触れている。 …

6/21

「百姓」は農民だけを意味する言葉ではない。海上交易や金融業を営む商人も含む概念だった。歴史学者、網野善彦さんはそう確信した。能登半島の旧家・時国家に伝わる古文書を読み解きその証拠を発見したのだ。著書「古文書返却の旅」で研究の経緯を語ってい…

6/20

先だってNHKのラジオ「子ども科学電話相談」を聞いていて、はっとするような質問に出合った。「なぜ『雨の日』を天気が悪いというのですか?」。思い込みというぜい肉で分厚く重たくなった常識の脇腹を、小さな指でつつかれたような心持ちになった。 尋ねた…

6/19

ポルトガルの宣教師のルイス・フロイスは武田信玄のことを、破竹の勢いで力を増す織田信長を脅かす存在と評した。最近の経済ニュースを見て、かつて世界に紹介されたこの戦国の実力者が頭に浮かんだ。旗に金文字で記した中国の古典「孫子」のフレーズのこと…

6/18

とても甘いお菓子だったという。砂糖も蜂蜜もたっぷりだと、昔の新聞記事にある。福島県大熊町にあった「原子力最中」だ。東京電力福島第1原子力発電所が営業運転を始めた1971年に地元の和菓子店が売り出し、あの事故が起きるまで、ときどき話題になった。 …

6/17

赤毛のいたずら娘が活躍する児童小説「長くつ下のピッピ」。著者のA・リンドグレーンさんはこの楽しい物語を思いついて娘に語り聞かせながら、スウェーデンの戦時の生活を日記に書いていた。後の著書「リンドグレーンの戦争日記 1939-1945」である。 ナチス…

6/16

この季節を代表する花といえば、アジサイやアヤメ、バラなどが思いつく。栗の実は秋の季語だが、その花は今が盛りだ。どのような姿かご存じだろうか。「世の人の見つけぬ花や軒の栗」とは芭蕉の句である。世間の人びとがほとんど注目しないこの花をたたえて…

6/15

日本の刑務所のルーツをたどっていくと、江戸期の「人足寄場」に行きつく。寛政2年(1790年)に隅田川河口の石川島に置かれ、身寄りのない浮浪人らに強制労働をさせた。初代トップは長谷川平蔵、あの「鬼平」だったことは時代小説好きには言わずもがなか。 …

6/14

40年前の6月、日本武道館のステージにひまわり畑の風景が広がった。音楽バンド、オフコースの演奏会で「言葉にできない」という歌に合わせ、地平線まで広がる花を複数の巨大スクリーンに映したのだ。音楽と映像を組み合わせた演出の先駆例として語り継がれる…

6/12

アンネ・フランクが生まれたのは1929年のきょう、6月12日だ。生きていれば93歳。世界恐慌の年に生をうけ、思春期は戦争のさなかだった。わが国でいうところの「昭和ひとけた」世代である。同年生まれの著名人は、作家でいえば向田邦子さん、加賀乙彦さんらだ…

6/11

青森県の津軽地方から秋田へ、そして能登半島を経て山陰路へ。奈良の唐招提寺から障壁画を依頼された画家、東山魁夷が写生の旅へ出たのはほぼ半世紀前の冬である。鑑真和上の像を安置する御影堂のメインの空間を荒々しい波と岩で厳かに飾ろうとしたのだ。 こ…

6/10

受験浪人中の主人公。5月連休の中日、さえない気分で枕元のラジオをつけると「どっとくり出した行楽客」のニュースが流れる。夢中で遊ぶ人たちを思い浮かべ、前向きな気持ちになる。庄司薫さんの小説、「さよなら快傑黒頭巾」は1969年の青春を活写する。 高…

6/9

「世界のどの地においても、何の罪もない子どもが暴力による死を遂げるようなことがあってはなりません」。ドーン・アナさんとブルース・ベックさんの娘ローレンさんは1999年、18年の短い生涯を閉じた。米コロンバイン高校銃乱射事件の被害者である。 2人は…

6/8

「狂乱物価」という言葉は、第1次オイルショックのころに蔵相を務めていた福田赳夫氏の造語だという。調べてみると、それが飛び出したのは1974年1月12日の記者会見だ。当時の物価高を福田氏はたしかに「狂乱」と表現したが、トーンは意外に冷静なのがわかる…

6/7

ドイツが初の都市封鎖に踏み切る2020年3月。時のメルケル首相は国民に様々な制限への協力を求めた。ただし「渡航や移動の自由が苦難の末に勝ち取られた権利」であり、その制約は「絶対的な必要性がなければ正当化し得ない」と強調することも忘れなかった。 …

6/6

科学立国を目指す戦後の日本で盛んに作られたのが科学映画だ。工場、鉄道、建築、災害とテーマは幅広く、学校などで上映された。今では貴重な記録をNPOがデジタル化し「科学映像館」の名でネット公開している。電気が来た村で喜ぶ子供らの笑顔が印象に残る。…

6/5

青森から函館、首都圏は日光。関西は伊勢志摩だが最近は広島も。「小学校の修学旅行先といえば」をお題に先日、ゼンリンがツイッターで出身地別に投稿を募ったところ、1万5千件もの反響があった。見知らぬ土地を友と旅した記憶は、たしかに郷愁を誘う。 社内…

6/4

「若き兵士よ/軍服を身につけたばかりの/少女のキスに酔った経験さえまだないというのに/一瞬にして/血による快感に酔いしれてしまった」。2010年にノーベル平和賞を受けた中国の民主活動家、劉暁波さんの詩の一節だ。獄中で病み、5年前に亡くなった。 天安…

6/3

「次は渋谷区の17歳、匿名希望さんからのリクエストです」。その昔、若者がラジオの深夜放送に夢中だったころ、ディスクジョッキーがこんなふうにハガキを紹介するのをよく聞いた。「それではミッシェル・ポルナレフ『シェリーに口づけ』」などと続くのだ。 …

6/2

全長120メートル超の巨大艦を中心に、計62隻もの大船団。乗組員は合わせて2万8千人に及んだそうだ。15世紀に中国を統一していた明の皇帝の命で、武将の鄭和が率いた南海諸国への大遠征である。計7度にわたり、インド、アラビア半島からアフリカ東部まで達し…

6/1

この春に亡くなった俳優の柳生博さんは古い暦に関心を寄せていた。自著「和暦で暮らそう」で、古来の月の呼び名を紹介している。6月は水無月のみにあらず。田水之月、風待月、鳴雷月…。「研ぎ澄まされた自然の美意識」を感じさせる表現の数々である。 蝉の羽…