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記者になりたてのころ、よく原稿の書き方を注意された。いまも覚えているのは抽象的な表現の乱用である。「非常に長い行列」ではなく、「50メートルの行列」と書くべし。具体的な数字を挙げてこそ、人に正確な状況を伝えることができる。記事だけのことではないだろう。

もっとも、何でもデータで示したほうが分かりやすいとは限らない。台風や大雨はそのひとつではなかろうか。「中心気圧は910ヘクトパスカル、最大風速は…」と聞いたところで脅威をイメージしにくい。気象庁も苦労しているようだ。10年ほど前から「数十年に一度」「命の危険がある」などの言い方を耳にするようになった。

警告を正しく伝えるのは難しい。物理学者の寺田寅彦は、室戸台風(1934年)のあとに「低気圧の言葉の意味すら飲み込めてない人が知識階級にも存外に多い」と嘆き、防災教育の必要性を訴えた。そのころより人びとの知識は深まったのであろうが、巨大台風の増長ぶりは人知の発達を超えているような気がする。

最強と呼ばれた台風14号が日本列島をなぞるように北上していった。九州などで深刻な被害をもたらし、人命も失われた。台風シーズンはまだ続く。来年もやってくる。各自が備えを固めるだけでなく、地球規模の気候変動の対策も急がねば。「数ヶ月に一度」の枕詞で凶暴な台風が暴れ回る光景は想像したくない。