4/19 歌舞伎町のいまと昔

新宿・歌舞伎町に「ミラノボウル」という終夜営業のボウリング場があった。飲みすぎて終電を逃し、友人と始発までゲームに興じた。外に出るとカラスがゴミをあさっている。朝の光がまぶしい。駅には通勤客が行き交う。遠い記憶の残像を懐かしむ方もおられよう。

同じビルの「シネマスクエアとうきゅう」にもよく通ったものだ。「新宿に私の巣ができた」。映画評論家の淀川長治さんが、そう語ったように目利きが佳作をよりすぐって上映した。この劇場で、旧ソ連時代の名画「モスクワは涙を信じない」を鑑賞した。高校生だった。当時の古びたパンフレットが手元にある。懐かしい。

先日、「東急歌舞伎町タワー」が開業した。人びとの思い出が詰まったあの場所が、劇場や映画館、ライブ会場を備えた高層ビルに生まれ変わったのだ。屋台風の飲食フロアは、訪日旅行客などでにぎわっていた。映画館の料金は4500円から。ぜいたくだ。迷ったが入ってみた。音響は坂本龍一さんが手掛けたそうだ。

戦後、都市計画の先達、石川栄耀は歌舞伎町に公共広場を整備した。市民が自由に交歓する空間を、と願った。映画館を出ると、「この広場は『道路』」の表示があった。座り込む行為などを禁じる。かつて噴水があった広場で酔って騒ぐ学生もいた。時代も理想も街も変わる。ちょっぴり感傷的になって繁華街を去った。