5/13 他者と関わる距離について

村上龍村上春樹。2人の作家の対談本「ウォーク・ドント・ラン」にこんな問答がある。あれの続きを長編で書いてほしい、と龍さん。話を少し作り変えてまとめたい気はある、と春樹さん。「あれ」とは直前に発表された春樹さんの中編小説を指す。

壁に囲まれた静かで不思議な街に来た主人公は、喧騒に満ちた元の世界に戻るべきか悩む。発表から約40年。85年の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」に続き、春樹さんは2度目の長編化に挑んだ。その新作「街とその不確かな壁」は発売されて1ヶ月たつが、今も都心の大型書店では売り上げ上位にある。

新型コロナウイルス禍が広がり始めた2020年春に書き始め、3年近くかけて完成させた。月刊誌「新潮」で作家の小川哲さんは、閉鎖された街の主人公とは自宅に隔離された僕たちのことだと説く。囲まれた場に残るか現実に戻るか、選択を迫られる姿は「他者と関わること」の意味を考える私たちと重なるわけだ。

だからこそ作品の支持が広がったのかもしれない。在宅か外出か。外出するならマスクで顔を隠すか素顔をさらすか。通勤、通学、レジャーと人々の行動は今もまだら模様だ。春樹さんは主人公の選ぶ道を40年間、自らに問い続けた。組織や地域、他者とどんな距離でかかわるか。一人ひとりの迷いと判断を尊重したい。