1/3 初詣で望むこと

元日の午後、雲一つない青空に促されて近所の神社に足を運んだ。長い列が境内の外にまで続く。「何をお願いする?」と子に尋ねる母。スマホで辺りを撮影する外国人男性。そろってマスクをしていることを除けば、コロナ前とほとんど変わらない正月の風景に見えた。

初詣の歴史は意外に浅い。江戸時代は「恵方参り」と呼び、その年に神さまが来臨する方角の神社に出向いた。多くの人が思い思いに寺社に参拝する今のスタイルは、明治に入ってからだそうだ。鉄道各社が集客のため郊外の寺社を宣伝した結果、庶民の娯楽行事として定着したと、「初詣の社会史」(平山昇著)にある。

それにしても、これほどまでに日本人の暮らしに溶け込んだことは驚くほかない。明治神宮に聞くと、今年の参拝客は「コロナ前の半分を少し上回る」。半分とはいえ、三が日で150万人以上が訪れる計算である。「オンライン参拝」なる新様式も登場したが、神さまとの「対面」を望む人はなお多いようだ。

行楽気分だけでないだろう。拝殿で手を合わせながら、みな望む未来がくることを真剣に念じているはずである。もちろん自分自身の努力も誓いつつ。身近なところでは「必勝合格」「家内安全」、広くは「世界平和」「病魔退散」だろうか。それぞれの願いが成就して、参道にお礼参りの長い列ができることを待ち望みたい。