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双六(すごろく)には昔懐かしい子どもの遊びのイメージがあるが、かつては賭博に使われることも多かった。起源の一つとされるのが古代インド。欧州に伝わると社会に浸透し、バックギャモンと呼ばれるようになった。日本には中国などを経て、6世紀ごろ渡ってきたという。

飛鳥時代の女帝、持統天皇による有名な双六禁止令は、賭け事が世を乱すのを防ぐのが目的とされる。だが流行はその後も収まらない。今昔物語集には双六の最中の口論で刀を抜こうとして、反対に相手側に打ち殺されるという物騒な話さえ出てくる。そしてギャンブルのにおいは、今も醜聞を呼び込むことがあるらしい。

カジノを含む統合型リゾートをめぐる汚職事件で、東京地裁衆院議員の秋元司被告に懲役4年の実刑判決を言い渡した。内閣府副大臣などを務めていたときに、事業への参入を目指す中国企業から賄賂を受け取ったと認定された。巨額のお金が動くカジノが、利権と腐敗の温床にもなり得ることを我々は目の当たりにした。

判決はひとまず出たが、カジノの計画は今後も進む。すでにいくつかの自治体も、名乗りを上げている。だがそもそもカジノには事件よりも先に、ギャンブル依存症など様々な懸念があった。それを防ぐ妙案はあるのか。平安後期に権勢をふるった白河上皇は双六のサイを「思い通りにならないもの」と嘆いた。それでは困る。