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東京女子大の1年生が、自信に満ちあふれた東大の男子学生に恋をした。その思いが一気に冷める瞬間を柴田翔の小説「されど われらが日々ーー」は描く。舞台は1955年。まだ学生の左翼運動が活発だった頃で、2人はそうした研究サークルの一つで出会った。

政治、社会、国際情勢と、あらゆる質問に答える男子学生。しかし指導者と仰ぐ政治家らの路線転向で、自分が借り物の知識を振りかざしていたと気づく。その後悔を聞いた女子学生の心は相手から離れ、2人は自らの足でしっかり立つところから社会人としての歩みを始める。作品は発表当時、多くの若者の心をとらえた。

正解のない疑問に迷い、不安から身近で明快な答えに飛びつく。いつの時代も若者を待ち受ける落とし穴だ。今は動画サイトの投稿もその役割を担う。料理や音楽など楽しい映像に交じり歴史、科学、医療、生き方などの解説が山をなす。質は玉石混交だ。ためになる動画も多い一方、良識や専門知から外れた説も目立つ。

疑問があればすぐ検索という時代。しかも長い文章より短く言い切る動画が好まれる。先日ホームレスの人々の命を軽んじる発言で人気投稿者が非難されたが氷山の一角にすぎない。投稿動画でものの見方を身につけた世代が社会の主力になっていく。常識を欠いた発言をする政治家の陰にもそうした支持者の姿を感じる。