9/11

20年前のきょう、リービ英雄さんは日本からニューヨークに向かう機上の人だった。作家は愛煙家だ。東海岸までの半日の禁煙はつらい。カナダの西海岸で乗り換え一服する旅にした。機内でアナウンスが流れた。「アメリカ合衆国は甚大なテロの被害者となった。」

同時テロで米国は国境を閉ざした。バンクーバーで1週間足止めされ、日本に引き返す。小説は「千々にくだけて」は、旅の体験を下敷きにしている。リービさん分身の主人公は、「アメリカは徳川時代の日本のようになった」とつぶやく。国境閉鎖とあだ討ち。宿のテレビで世界貿易センタービルが倒壊する映像を見た。

そのとき浮かんだのが芭蕉の句である。「島々や千々にくだけて夏の海」。俳聖が東北の景勝地、松島で吟じた。小説の表題の出典だ。宗教学者佐藤弘夫さんの著書「死者の花嫁」によると、かつて松島は死者の骨を収める霊場だった。歴史を知れば、「くだけて」は、散った命の隠喩のように響く。鎮魂の一句なのか。

リービさんの小説は、「千々にくだけたものと、どう向き合うのか」を問う。自身は語らずに、その態度を芭蕉の句に求めているのだ。米国生まれの知者は、なぜ英語ではなく、日本語で美しい物語を紡いでくれるのだろう。私たちの国の言葉や文化が平和に貢献してくれると信じているからだ。そう思いたい。