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昭和50年代の政界に「2年後に政権を移譲する」と記された密約文書があったという。当時、首相就任は確実とみられた福田赳夫氏から大平正芳氏への交代を約束していて、両氏の署名や花押もある。この「大福密約」、事実なら首相の座を私物化する由々しき問題だ。

この問題を6月刊行の「評伝福田赳夫」が詳しく分析している。筆跡が本人と違うこと、信頼に足る1次資料に記述がないことから存在には否定的。さらに、大平氏の側近議員の1人が文書を常に持ち歩き、記者に「僕のお守りだ」と話していた逸話も紹介し、大平陣営による情報戦の一環ではないか、と結論づけている。

派閥が全盛期の余話だろう。さて、ほぼ半世紀後の今、菅首相が唐突に不出馬を表明した自民党の総裁選びは、構図が徐々に固まってきた。ただし、領袖が名乗りを上げた派以外、結束して特定の立候補予定者の旗下に集まるに至らず、各派は勝ち馬探しで序盤を眺めているふうだ。密約が生まれそうな気配も感じない。

折から、赳夫氏の孫、福田達夫衆院議員らが3回生以下の議員で「党風一新の会」を立ち上げたという。派閥の壁を越える動きは今後も続くのか。それともポストをあてにし、「一致団結、箱弁当」の掛け声がまた響くのか。この1年、この1年説明が尽くされない不満に耐えた私たちとしては、こう訴えたい。「密」はよくない。