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財務次官のバラマキ批判寄稿 「賢明な支出」論争の糧に

矢野康治財務次官が「文芸春秋11月号」に寄稿した「このままでは国家財政は破綻する」が永田町で騒ぎになっている。その大意は「与野党ともに財政バラマキに興じているが、日本人の多くはそれを歓迎するほど愚かではない。放置すればいずれ財政破綻する」というものだ。

総選挙が間近に迫るなか、与野党ともに財政を有権者の観心をかう道具に使う誘惑を断ち、新型コロナウイルス禍後も見据えて真に成長に資する賢明な支出(ワイズ・スペンディング)を徹底する。矢野氏の問題提起をそうした政策論争の糧にすべきだ。

2020年度に3度の補正予算を組んで積み上げたコロナ対策費は、いまだ費用対効果の検証さえされていない。金額を大きくすることが優先され、コロナ対策と銘打てば許容される空気が支配した。「それどころではなかった」との声も聞こえそうだが、成長に資する使い方が後回しされたのは政治の責任だ。

一方で財源論は封印された。東日本大震災の復興予算は、当座は国債を出して工面したが長期の増税でまかなう仕組みをセットで用意した。コロナに際して同じ仕組みをとらなかったのは、増税の話を持ち出すなという政権与党の意向が強かったためだ。

このタイミングで矢野氏が雑誌寄稿というかたちで財政問題を世に問うたのは、総選挙で規律なき支出が各党の選挙公約に並ぶのを見越してのことだろう。

岸田文雄首相は数十兆円規模の経済対策と繰り返す。だが、まず金額ありきではなく、感染抑止と経済再開に有効な使い方を精査して積み上げていくのが王道である。「年収が約1000万円以下の人の所得税を1年間、実質的に免除し、消費税率を期間限定で5%に下げる」といった立憲民主党の公約も、財源論を置き去りにしている。

行政官が与野党の政策を批判することをどう考えるべきか。矢野氏の主張は多くの財務官僚が日ごろ論じている内容だ。「決定が下ったら従い、命令は実行せよ」という後藤田正治官房長官の五訓を引き合いに出し、政治が出した結論に従うのは役人として当然だと述べている。

政治の根幹にかかわる政策のあり方は本来、政官の間で堂々とオープンに議論すべきものだ。問題は安倍・菅政権の9年近くの間に霞ヶ関に「物言えば唇寒し」が定着したことではないか。矢野氏の問題提起をワイズ・スペンディングとは何かを改めて議論する契機とする必要がある。