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去年のちょうど今ごろ、本紙に小さな記事が載った。東京都渋谷区の路上で64歳の女性が頭部を殴られ亡くなっているのが見つかった。首都圏のスーパーで試食販売員として働いていたのだが、仕事と住む場所を失い、路線バスの停留所のベンチで夜露をしのいでいた。

最終バスが出てから、始発までの時間を過ごしていたらしい。周囲に迷惑をかけないよう、ひっそりと。近所に住んでいた犯人の男は「バス停に居座る路上生活者にどいてほしかった」と供述した。痛い目にあわせれば、いなくなると考え、凶行に及んだという。女性の所持金はわずか8円。携帯電話の契約は切れていた。

命日を前に、事件の現場を訪ねた。そのバス停は、甲州街道沿いのイチョウ並木の歩道にあった。周囲にはマンションや商店などが立ち並ぶ。雨よけの屋根を備え、奥行き20センチほどの小さな椅子があるのだが、浅く腰掛けるのが精いっぱい。寝そべることはできない。木枯らしの季節だ。身は休まらず、さぞ寒かったろう。

NHKの報道によると、女性は広島県出身。かつて劇団に所属し、舞台に立った。どんな夢を抱き路上にたどり着いたのか。様々な偶然により、孤独や貧困に直面する人がいる。昨年、女性を悼むデモがあった。参加者のプラカードには「彼女は私だ」の文字。その言葉を胸に刻みたい真冬が迫る都会の街角である。