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障害のある子を連れた30代の母が、駅のポスターを見て衝動的に蔵王を訪れる。宮本輝氏の小説「錦繍」の冒頭だ。紅一色ではなく緑、茶、黄に時おり混じる赤がかえって炎のように引き立つ。来し方への思索を風景と重ねる描写が、読む人の心を引きつける。

カエデなどが紅葉。イチョウなどは黄葉。今の宣伝でよく見るのは紅葉だが、万葉集は「黄葉」という表記が主流だ。漢詩の影響とも、奈良に黄葉の木が多かったからとも言われる。山の神から大君への貢ぎ物は春なら花、秋なら黄葉との歌を柿本人麻呂は詠んだ。冬の到来前、つかの間の風景を私たちは長く愛でてきた。

今年も紅葉の季節。新型コロナもやや落ち着き、人がどっと繰り出すかと思えばにぎわいは今ひとつらしい。まだ警戒心を解くには至らないのに加え、ある旅館経営者は「GOTOトラベル政策」の影響を指摘する。遠からず再開か、との話からもう少し待とうと考える、買い控えならぬ「旅控え」が見られるという。

昨年のキャンペーンで初めて来た客が再訪してくれることもある。うれしい半面、不安も抱く。補助に慣れた人は通常料金を「高い」と感じがちで、同じサービスなら満足度は下がるからだ。大盤振る舞いの援助は観光にプラスかマイナスか。いにしえから受け継ぐ自然の美を生かしきれていないとしたら、もったいない。