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気鋭の歴史学者、與那覇潤さんは、そううつ病で大学教員を辞めた。「もう一度自分が本を書けるようになるとは、思いもしませんでした」。著書「知性は死なない」は、記憶力や意欲の低下で絶望の淵をさまよった言論人が、知性の本質に思いを巡らす一編だ。

自身の病気と向き合うようになれたのは、入院生活と、その後の2年間のリワークの体験だったと、述懐する。心身不調で休職している人の社会復帰を支援するプログラムだ。同じ境遇の参加者との交流を通じ、気がついた。勤務先の肩書など、「属性」を離れた人間関係の構築にこそ、真の知性が必要だ、と。

病は知性を奪わない。むしろそれを鍛えるきっかけになる。深い洞察である。本書はリワークを担当した医師やスタッフへの謝辞で結ばれている。24人の犠牲者を出した大阪の雑居ビルの放火事件。亡くなった火元の「西梅田こころとからだのクリニック」の院長、西沢弘太郎さんも会社員らの復職支援に取り組んでいた。

「先生のおかげで救われた」。西沢院長のもとに通った人々は、現場に花を手向け、人柄をしのんだ。「病気なしでは決して成立しなかったような、新しい相貌の自分が生まれていることに気づく」とは、再び健筆をふるうようになった與那覇さんの希望の言葉だ。医師と患者の方々の無念を、胸に刻みたい。