1/5 インフレーションの胸騒ぎ

休日のデートを楽しもうと、人出で賑わう東京の街に恋人たちがやってくる。ところが懐は寂しい限り。2人合わせて35円しかない。さて1日をどうやって過ごそう。黒澤明監督初期の名作「素晴らしき日曜日」の冒頭である。戦後間もない1947年に公開された。

劇中には、実に多くの物の値段が出てくる。2人の月給は合計1200円。一緒に暮らしたいのだが、6畳一間の家賃は600円もする。15坪の建て売りは10万円。貧しい彼らにはどちらも手が届かない。2円払って入った動物園で女が言う。「禽獣は幸せなり。すべて鳥獣の世界にはインフレーションはあらざればなり」。

そう、当時は敗戦から始まった急激な物価高騰のまっただ中。映画が撮られた47年のインフレ率は125%という。若者が貧しいのは彼らのせいばかりではなかった。20年以上もデフレしか知らない私たちにはもはや想像が難しい。9年近く費やして2%のインフレ目標すら未達成。だが、今年は少し様相が変わりそうだ。

パン、コーヒー、冷凍食品、ハムやソーセージ。年初から食品の値上げが相次ぐ。先に物価が上がり始めた欧米は警戒を強めている。日本にも波は押し寄せるのか。ここのところ耳にするインフレの「良し悪し」も気になる。胸騒ぐのは未経験ゆえだろう。好景気の証しなら歓迎なのだが、どうか穏やかな訪れであることを。