2/21 あさま山荘事件

50年前のきょう、世界が仰天した。ニクソン米大統領が、文化大革命の煙くすぶる中国を訪問し、北京で建国の父、毛沢東と握手を交わしたのだ。対立から融和の方針転換に、西側、特に日本の衝撃は大きかった。まさに、薮から棒、寝耳に水だったろう。

この人たちも、ショックでむなしさを覚えたそうだ。やはり半世紀前、長野県の「あさま山荘」で人質をとり立てこもっていた連合赤軍の構成員らである。ニュースで、訪中を知った。「アメリカ帝国主義米帝)に日本が加担し、ベトナム戦争が中国を巻き込み世界大戦になるのを防ぐ。そのための闘争ではなかったか」

首脳の手打ちで前提が崩れた落胆を、元メンバーは、こう回顧する。当時、中国は旧ソ連と国境紛争のさなか。国内も疲弊し米ソと対峙する力はない。米も北ベトナムを手助けする中国との関係を改め、ソ連をけん制したかった。そう、ものの本にある。国際政治の力学や知恵は、変化をためらう国や人を置き去りにするらしい。

だが、米中に往時のムードのかけらもないことは、日々報道で接する通り。情勢の転変もまた歴史の冷徹なルールなのだろう。ちなみに、山荘に立てこもった犯人の一人は、数年後、別の事件で「超法規的措置」により釈放、海外に潜伏中とされる。後期高齢者入りした活動家はどこの空の下で、50年を振り返っているか。