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「重役室にいるときの重役ほど威厳のある者はない」。短編小説「颱風さん」は思わずうなずく一行で始まる。作者の源氏鶏太は会社員経験を生かし「三等重役」「停年退職」などの作で共感を集めた。時は前後の好景気。経営は家族主義、評価は人物重視だった頃だ。

そんな「源氏の血」の継承者がやはり元会社員の漫画家、弘兼憲史氏の島耕作シリーズだという(真実一郎「サラリーマン漫画の戦後史」)。団塊世代の主人公は電機会社の課長として登場する。派閥を拒み組織と距離は置くが、上司や同僚に恵まれ、誠実さと正義感で危機を乗り切り、社長に上り詰める。

ただし平成の企業社会は昭和と大きく変わった。終身雇用、年功序列は当たり前の常識ではなくなった。人事評価の軸も人柄から能力、実績重視に。欧米で企業を買収しアジアで技術を教えてきた日本企業だが立場は逆転した。電機産業も往年の輝きに乏しい。漫画はそうした苦い現実も描き長年のファンを引きつけた。

社長、会長として目立つ成果をあげられず退いた島耕作。相談役を経て今春「社外取締役」編も始まった。74歳にして重役室を捨て、ベンチャー育成や中小企業の後継者問題にあたる。トップ時代に多かった演説場面も減るだろう。老いの過ごし方は誰にも難しい。一匹狼(おおかみ)に戻った団塊のヒーローは、その理想像を示せるか。