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30年以上前に卒業旅行で訪れたパリのオルセー美術館。真っ先に向かったのがミレーの「落穂拾い」だった。3人の貧しい農婦が収穫後の畑にかがみこみ、麦の穂を集めている。与えられた生をただ生きることの清らかさが、心に深くしみ通る。今も最も好きな絵画だ。

だが当時、彼らが穂を拾う理由や背景には想像が及ばなかった。農場主は収穫する際、日々の糧に困る人のため穂を刈り尽くさず残しておく。そんな暗黙のルールが旧約聖書の時代からあったと現代のモノ拾う人を追った仏映画「落穂拾い」(2000年)で知った。ミレーが描いた農婦は、労働をしていたのでなかった。

空腹を満たすためパンの材料を集めていたと気づき、軽いショックを受けた。春4月、日本では小麦が穂を出す季節になった。ここより寒冷なウクライナでもすくすく育っているのだろう。それらが無事に実っても、収穫は万全とはいかない。「欧州のパンかご」と呼ばれる地での紛争が世界に暗い影を落としている。

先週末、国際農業食糧機関(FAO)が公表した3月の世界の食料価格は2ヶ月続けて最高値を更新した。じわじわ忍び寄る食糧危機。特に深刻な影響を受けそうなのが中東やアフリカ諸国の貧しい人々だ。こんな愚かな戦争のために誰も飢えさせてはならない。畑に落穂を残した先人の如く我々にも慈しみの知恵がいる。