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13年前の米ニューヨークで、離陸直後の飛行機がマンハッタンの横を流れる川に不時着する事故があった。鳥の衝突でエンジンが2つとも止まったためだ。近くの空港を目指しても間に合わない。機長のとっさの判断が乗客乗員、全155人の命を救ったとされる。

事故は「ハドソン川の奇跡」という名で映画になった。劇中では俳優が機長を演じたが、最後に本人のコメントが流れる。「155というのは単なる数字だ。しかし一人ひとりの顔やその妻、子、親などを思えば、とても大きな数字だとすぐに分かる」。スクリーンには実際の乗客たちの笑顔が映り、言葉を裏づける。

今、突然の侵攻を受けた国から日々、死者の数が伝わる。おとといの紙面では、ある街で民間人の死者が累計5000人を超えたとある。家族に友人。悲嘆する人の数はその何倍か。攻め込んだ国の報道官も自軍に「甚大な損失」が出たと語る。わけもわからず戦場に連れてこられ戦車の中で生を終えた若者もいただろう。

ニューヨークの事故では機長は冷静さを保ち、予想外の道を見い出し、沈む機内に残り乗客の脱出を確かめた。命の重さと、それを左右する人間の責任を知っていたからではないか。平和な街を戦場に変えた指導者はどうだろう。死者の戦前の笑顔や家族の慟哭を見てほしい。不都合な情報にも目を閉ざさぬ勇気があるのなら。