4/18

むらさき色のフジの花の房が風に揺れている。薄曇りの空高く、ヒバリのさえずりは絶え間なく、ツバメは虫を追って自在に宙を舞っていた。先日訪ねた愛知県半田市は春の盛りだった。数々の童話を残した作家、新美南吉のふるさとである。記念館で事績をたどった。

小学校の教科書で定番の「ごんぎつね」は18歳のときの一編。その後、現在の東京外語大に入り「手袋を買いに」などを執筆。だが、病を得て帰郷、女学校の教諭になるも30歳でこの世を去った。命を削るようにして書いた珠玉の作品の中でも、人々の心を揺さぶってきたのが「デンデンムシノカナシミ」だろう。

「自分の殻に悲しみが詰まっている」。そう嘆くでんでん虫が「もう生きていけない」と次々仲間に相談していく。ところが相手から「私も同じ」と返され続け、気付く。「悲しみは誰にでもある。私は私の悲しみをこらえていかなきゃ」。上皇后美智子さまも、この話を幼少期に知り、折に触れ思い起こされたという。

誰かの悲しみを知ることで共感の橋が架けられる。南吉はそんな意味も込めたに違いない。元号が令和となって、まもなく3年。コロナ禍に、力による現状変更の試みも加わり「世界は変わった」と断じる識者もいる。だが、各地で生まれているカナシミに寄り添う気持ちは変わらず持ち続けたい。南吉の遺志でもあろう。