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祇園精舎の鐘の声、の出だしで有名な「平家物語」は、もののふたちの涙ながらの苦悩も伝える。今の神戸市の海岸で繰り広げられた一ノ谷の戦い。源氏方の熊谷直実は、豪華なよろい姿の若武者を見つけて、組み伏せた。我が子と同じ10代半ばで、高貴な身分らしい。

「落命」と知れば、若者の父も嘆き悲しむはずと、同情した直実。一度は助けようとする。そこへ味方がどっと押し寄せた。直実は「逃がすのは難しそうです。私が手にかけ、供養もします」と半泣きで武者に伝え、討った。「武芸の家に生まれなければ、こんな辛い思いをせずにすんだのに」。直実、涙が止まらない。

討たれたのは平敦盛。直実は後に浄土宗の開祖、法然の弟子になり、出家したと伝わる。800年も前の故事だが、現在の戦場でも兵士らは、命令とモラルのはざまで、葛藤してはいまいか。故郷に似た平原を戦車で疾駆し、集合住宅に照準を合わせるとき、侵攻するロシア兵の胸中には、どんな感情がよぎるのだろう。

ウクライナ各地で民間人殺害の報も相次ぎ、最低限の倫理まで崩れ去った実態も明るみに出つつある。法師となった直実の後日談は能楽に昇華した。敦盛の霊が現れ、直実に斬りかかろうとする。しかし、自らを熱心に弔う姿に刀を捨てた。「敵(かたき)にてはなかりけり(敵ではなかった)」。和解への道は、まだ暗闇が閉ざす。