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落語の「芝浜」に、拾ってきた財布の金を数える場面がある。魚屋の熊五郎と女房が、震える手で「いち、にい、さん。ひい、ふう、みい…」。声を潜めて勘定して「42両!」。演者によって額はまちまちだが、まさかの大金が運命を変えていくのはご存じのとおりだ。

こちらの男も、自分の口座に並んだ数字を眺めて仰天したに違いない。46300000。いち、じゅう、ひゃく、せん…「4630万円!」。山口県阿武町が新型コロナウイルス対策の給付金を誤って振り込んだ騒動である。金はオンラインカジノに使ったと語る男が、ついに電子計算機使用詐欺の疑いで逮捕された。

誤った振り込みと「知りながら」金を動かしたという容疑だ。この手の送金ミスをめぐる法律論はややこしく、今後の捜査や裁判は注目に値する。もっとも、そういう問題とは別に、なぜこんな誘惑にかられたのか、大金の魔力にため息をつくほかない。ミスを犯した役場の不幸と罪深さを思い、もうひとつため息が出る。

さて「芝浜」の場合は、財布をせしめて身を持ち崩しそうだった熊五郎の人生が女房の機転で一転いい方向に向かう。「おまえさん、そりゃ夢でも見たんだろう」。4630万円の振り込みを受けた男にも言ってやりたいが、すでにカジノですっからかんという主張だ。これもまた夢かうつつか。捜査を尽くすことである。