5/28

旅先で困ったとき、ちょっとした心遣いを受けた経験は、いつまでも記憶に残るものだ。330年ほど前、江戸から北へ向かった松尾芭蕉も、思い出を「奥の細道」に記している。今の暦で5月半ばに出発した俳聖らが、現在の栃木県あたりへたどり着いたころのこと。

▼知人を訪ねようと野原を進むが、日が落ち農家に泊めてもらう。明けて、さらに行くと、草を刈る男が「初めての人は迷います。この馬を貸しますので、止まった所で戻してください」と言ってくれた。やがて、人里に至り、謝礼の金を鞍(くら)に結び、馬を返した――。人馬の親切が名文に刻まれ、後世に受け継がれたわけだ。

▼旅人らとのこんなふれあいが、またあちこちで生まれればいい。米中など98の国と地域からの観光客の受け入れが、約2年ぶりに再開することになった。段階的に緩和し、当面は団体旅行に限ると聞く。数年前のように、名所旧跡に外国人の姿が増え、地域経済が勢いづくことを期待したい。円安も大いに追い風になろう。

▼日本を存分に知って帰ってもらえたら、とかく分断が叫ばれる世界のありように少しは変化が兆すかもしれない。芭蕉は日光で「あらたふと(なんと尊い)」と感嘆で始まる一句を詠んだ。「ビューティフル」や「很美(とても美しい)」といった声がコロナ下で沈みがちだった街や人に活力を取り戻してくれる日も近い。