10/7

秋刀魚の味」を62分で見た。小津安二郎監督の、この名高い遺作は113分の長編である。それを動画配信サービスで、再生速度を1.8倍に上げて眺めてみたのだ。昨今しばしば物議をかもす倍速視聴は、ゆったり時間が流れてゆく小津ワールドをどう映すか…。

笠智衆がテキパキ話す。東野英二郎も早口である。岩下志麻岡田茉莉子の二大女優も慌ただしい。あれよあれよという間にエンドマークである。要するに、鑑賞ではなく内容の確認と言っていい。それでもこの手を使えば、東西の名画も注目の新作も「見た」ことになる。量をこなし、いっぱしの映画通になれるだろう。

そんなのは映画に対する冒涜だと嘆く声も聞こえる。しかし、定額で膨大なコンテンツを楽しみ放題というサブスクリプションの登場で人々の時間は足りなくなるばかり。なるべくタイパ、つまりタイムパフォーマンスのよい消費へと流れていくわけだ。楽曲も長いイントロは嫌われ、とにかくサビへと気がはやるようだ。

ダイジェスト志向は昔からあった。歌舞伎にだって一幕見がある。とはいえ、最近の倍速視聴の波はかつてなく荒く、人間の思考さえ変えてしまいそうだ。ちなみに小津監督は「秋刀魚の味」で、失恋した岩下さんが無言で巻き尺を巻くシーンのテストを100回ほど繰り返したそうだ。悲しみは、等倍でしか伝わるまい。