10/22 拉致被害との闘い

ずっと前に取材で訪れた新潟・佐渡島国府川を思い出している。田畑に囲まれ、人家はまばら。のどかであり、少々寂しいようでもあり…。日本各地で見られる原風景といえるかもしれない。最近はトキの野生復帰を目指して自然再生の取り組みが進んでいるそうだ。

曽我ひとみさんは1978年に自宅近くで拉致され、この河口から日本海を渡り北朝鮮に連れて行かれた。「人々の心、山、川、谷、みな温かく美しく見えます。本当にありがとう」。ふるさとに戻った直後にこう語った。迎えた国府川の水面は、キラキラと輝いていたのではなかろうか。あれからちょうど20年がたった。

2人の娘を育て、夫をみとった。が、いっしょに拉致された母、ミヨシさんの安否はいまも不明だ。自宅の一部を「できるだけ母がいた昔のままにしている」という。想像するに胸が痛む。国際社会に背を向ける相手との交渉は一筋縄ではいくまい。とはいえ、手をこまぬくだけでは前に進まない。もう一段の知恵がいる。

いくつになれども子は親を慕い、親は子を慈しむ。「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)抱くほどとれど母恋し」。中村汀女が32歳のとき、彼岸花咲き誇る故郷で暮らす母を思い、詠んだ一句だ。曽我さんの心中に重なる気がする。拉致被害者の家族は「絶対にあきらめない」と口をそろえる。政府関係者もいま一度、この誓いを胸に刻んでほしい。