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有吉佐和子の小説「閉店時間」は隠れた名作だ。舞台は東京・新宿の架空の百貨店。1961年の新聞連載である。当時30歳だった作家は、華やかなこの職場で働く女性3人の仕事と恋愛をポップにつづった。豊かになりつつあった戦後の疾走感が、全編に満ちている。

週末の店内は「街の雑踏がそのまま流れ込んだかのように混み合う」「一円も使わなくても、ほしいものを全部買ったような景気のいい気持ちになれる。これがデパートの魔術なのだ」。そんな空気を漂わせて客を集め、百貨店は成長してきた。しかし平成に入って頭打ちになり、いまや「閉店時代」を迎えている。

この30年で市場規模は半減した。地方だけでなく、近年は都市部でも営業を終えるところが出てきた。気になるのは西武百貨店池袋本店の行方だ。米投資ファンドへの「そごう・西武」売却で家電量販店のヨドバシカメラが低層階に入居する計画が浮上し、行政を巻き込んで大騒ぎである。デパート没落の象徴ではないか。

「文化」の香るショーウィンドーより、安さと物量が人々を魅する。有吉佐和子が存命だったら、こういう変転をどう描いただろうか。くだんの小説は夢みたいな話ではなく、下請けいじめや男女の格差、流行のはかなさなどを語ってリアリティー抜群だ。魔術はいつか切れると、作家は予期していたかもしれない。