4/8 ムツゴロウさん

会社を辞め作家になった後、ペットショップで一匹の秋田犬に出会った。周りをグルグル回ったから名前は「グル」。庭に犬舎を建てた。何を思ったか、自分も中で寝泊まりを始める。横になり抱き合ううちに、「切なさが増していき、相手がいとおしくなった」という。

畑正憲、いやムツゴロウさんが文章や映像で伝えたかったのはこの時の感覚ではなかったか。ヒトとほかの動物を隔てる垣根とは。人類の古代からの難題を「よーし、よしよし」の掛け声とともにひょいと飛び越えてしまうような軽やかさ、力強さにお茶の間はひきつけられた。動物王国のテレビ番組は20年続いた。

いとおしさの感情を深く知るゆえだろう。今年初めに公開した動画ではロシアのウクライナ侵攻を弱い者いじめだと断じ、「なんとなさけないことでしょうね、人間は」と嘆いていた。動物の前で見せていた、柔和な表情ではなかった。幼少期を過ごした旧満州(現中国東北部)での戦争体験を思い出したのかもしれない。

ギャンブルが大好きでヘビースモーカー。自然の中に身を投じつつ、強烈な人間臭さを放っていた。それも魅力だった。かの動物王国には本人が制定した1条だけの憲法があったという。「旨いものは、早いもの勝ち」。動物界の厳格なルールでもあろう。貪欲に旨いものをたいらげ、グルが待つ天国へ旅立っていった。