5/17 五穀豊穣の未来

「その悲惨さたるや、牛や馬以下の生活とはこういうのを言うのであろうか」。元農林次官の小倉武一は戦前に東北の農村で見た光景について後年こうふり返った。米価が大暴落し、冷害が追い打ちをかけていた。ある村役場には娘の身売り相談所までできたという。

何としても農家の所得を増やしたい。そう心に決めた小倉が中心となり、1961年に旧農業基本法が制定された。需要が増えそうな分野を応援するのが柱で、その象徴が畜産だった。予想は的中し、肉や牛乳がすっかり食卓に浸透した。だが抜け落ちた点もあった。エサとなるトウモロコシを国内で作ろうとしなかったことだ。

酪農がいま大変な苦境の中にある。ウクライナ危機と円安で輸入飼料の値段がはね上がり、利益を出すのが難しくなった。廃業に追い込まれた牧場もすでにある。鳥インフルエンザでなお混乱が続く養鶏も、エサの高騰に悩まされている。SNSの悲痛な言葉に胸が痛む。戦後農政が残した宿題が、畜産に重くのしかかる。

99年にできた新しい基本法の見直しが、農政のテーマになっている。牛や鶏をいかに安定して飼えるようにするかが焦点の一つだ。風で穂が揺れる田んぼはもちろん美しいが、日を浴びてトウモロコシが真っ直ぐのびる畑もまたすてきだ。元々私たちは五穀豊穣を願っていたはずだ。多様な風景を私たちの未来に。