5/18 ヒグマとの共生

北海道のヒグマの脅威を、吉村昭のドキュメンタリー「羆嵐(くまあらし)」は緊迫の筆致で描いている。1915年12月、苫前郡の開拓村に現れ、胎児を含む7人の命を奪った巨大グマに老練な猟師が立ち向かう物語だ。ヒグマは農民による銃撃をかわし、集落を恐怖に陥れていた。

岩石のような巨体である。誰もがなすすべもない。「無力感が、かれらを襲った」「かれらは自分たちの肉体が余りにも貧弱であることを強く意識した」――。人間をそんな思いに突き落とすほど、この猛獣の存在感は大きい。いまも北の大地には1万頭以上が生息し、人間たちとの不意の接触はときに悲劇を招いている。

道北の朱鞠内湖では数日前、釣りの男性がヒグマに襲われて死亡したとみられる事故があった。付近にいた成獣1頭がハンターによって駆除されたという。不幸な出来事に胸が痛むばかりだが、最近は札幌市の住宅街でけが人が出るなど出没が急増中だ。知床などでは、車道を平然と歩き回るクマファミリーも珍しくない。

冬眠から覚める時期の「春グマ駆除」を控えてきたのが一因といわれる。ヒトの生活圏との境界が曖昧になってもいるのだろう。この生き物との共生を探るのは、あとからその領分にやってきた人間たちの務めにほかなるまい。「羆嵐」とは、ヒグマを仕留めた後に吹くという強い風のことだ。畏怖のこもった言葉である。