1/12 岩波ホール閉館

銀座の並木座飯田橋の佳作座、池袋の文芸坐、少し遠いが板橋区の上板東映。1970年代末の学生時代、授業もそっちのけでそういう名画座に入り浸っていた。日活の無国籍アクションやATGの野心作に感情移入し、暗闇のなかで興奮したものである。

そんな映画青年にとって、別格だったのは神保町の岩波ホールだ。世界の質の高い作品を単館上映するミニシアターの草分けである。インテリっぽい雰囲気には気押されたが、ここでしか見られぬ名作に出会った記憶は鮮烈だ。エルマンノ・オルミ監督の「木靴の樹」が公開されたときの、つめかけた観客の熱気は忘れられない。

持続することが課題であり、持続は創造である。総支配人として知られた高野悦子さんが89年に本紙に寄せたエッセーに、こう書いている。ホール創立から20年、多くのファンをつかみながらも運営は並大抵ではなかったのだろう。それでも映画文化を守り、心の糧を与えてきた劇場が、ついに7月で閉館するという。

コロナ禍が大きな原因らしいが、背景には動画配信サービスの普及や、教養としての映画鑑賞の衰退もあるに違いない。あちこちの名画座の観客も高齢化が進む時代なのだ。あの闇の中で感動を共有した、見知らぬ古い仲間たちとともに無念をかみしめるとしよう。9年前に亡くなった高野さんへのオマージュをこめて。