1/22 双葉に暮していた人々

福島県の人びとが、「おかえり常磐線」の横断幕を掲げて喜んだのは2年前の3月だった。東日本大震災東京電力福島第1原子力発電所事故の影響で一部不通だったJR常磐線が全線復旧し、富岡駅(福島県富岡町)-浪江駅(同県浪江町)の約20キロが結ばれたのだ。

東京駅から常磐線に乗り、双葉駅(同県双葉町)に向かった。列車が、全町避難指示がいち早く解除された同県楢葉町にさしかかると、車窓の向こうに、屋根に太陽光パネルを備えた災害公営住宅が立ち並ぶ。住民の6割が戻ってきたそうだ。高齢化が進むなど課題は多い。道半ばだが、復興は着々と進んでいる。

福島第1原発の周辺自治体で唯一、すべての住民の避難が続く双葉町で、おととい帰還に向け自宅などへの寝泊まりを認める「準備宿泊」が始まった。中心部、双葉駅周辺では、除染やインフラの整備が急ピッチで進んでいた。同町では今年6月から、この区域での居住再開を目指している。復興への第一歩である。

ただ、昨年公表された住民意向調査では「戻らないと決めている」が6割を占めた。避難先に定住した人も多い。「明るい未来 創りあげよう みんなの力で」の標語が掲げられる双葉駅周辺を歩くと屋根が壊れた廃屋が点在する。暮らしていた方々は、どんな思いを抱いていたのか。間もなく、「3.11」が巡ってくる。