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「故郷やどちらを見ても山笑ふ」。おととい訪れた新潟県の豪雪地帯は子規の句さながらの春景色。淡い緑のグラデーションが風にさざめいていた。雪解けでぬかるむ棚田の中で、農民をかたどったカラフルな彫刻が見える。イリヤ&エミリア・カバコフ夫妻の作品だ。

2000年、十日町市周辺の越後妻有で「大地の芸術祭」が始まった。旧ソ連(現ウクライナ)出身の2人も初めて招かれ、厳しくも豊かな土地で暮らす人々を彫刻で祝福した。住民は20年以上も国内外の芸術家を迎え、滞在制作を手伝いつつ見守ってきた。里山や空き家などに常設された作品はいまや数百点にのぼる。

かつてソ連は意に沿わない芸術を弾圧した。非公認の野外展をブルドーザーで押しつぶす国でイリヤは公には絵本作家を名のった。そうやって息をひそめ、1980年代後半に50代半ばで西側諸国に見出されるまでただ黙々と自分のアートに没頭する。「処刑」の夢や「粛正」の恐怖におびえた日々を自伝に記している。

越後妻有の街道沿いにスイセンやチューリップが咲き並ぶのを目にした。道行く人と春の喜びを分かち合う昔からの風習なのだという。きのうスタートした今年の芸術祭で夫婦は塔の新作を作った。戦車に踏みにじられるウクライナへの連帯をしめして青と黄色の光がともる。静かに、力強く「春」を取り戻すその日まで。