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水でさっと洗った小豆をいったん煮立てた後に、弱火でじっくり加熱する。ぐつぐつ音の立てる鍋をのぞき込むと、柔らかい香りに包まれる。砂糖と塩の量はお好みで。連続ドラマ「カムカムエヴリバディ」を見て、そんな至福のときを楽しんでみた人もいるのではないか。

茨城県常陸太田市に「種継人の会」という市民グループがある。地元の生産者と商店主、食品関連の職人たちが集まり、昔から伝わる作物の種と、食を軸とする文化を守っている。その中に赤と白のまだら模様の珍しい小豆がある。皮が薄いので、煮るとわずかな時間で柔らかくなるのが特徴だ。名前を「娘来た」という。

侵攻の影響で、世界各地で食べ物が値上がりしている。貧困や飢餓が広がる恐れがあると、国際機関が警告を発している。親しいもの同士で、つい最近までともにしていた新しい食事。長引く戦禍のもと、当たり前に見えていたそんな時間を奪われた人びとがいる。破壊し尽くされた風景が、失われた日常の大切さを示す。

娘来たというちょっと風変わりな名前の由来は、結婚した娘が里帰りした場面をイメージしたとされている。家に着いてから用意しても、すぐに出せるからだ。家族の久々な再会を喜ぶ、幸せなひとときだろう。「おいしゅうなれ」。それぞれの国の言葉で念じながら、誰もが笑顔で食卓にのぞめるのはいつの日か。