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不老不死で知られる生き物がいる。日本の海にも生息するベニクラゲだ。老いて死期が近づくと、幼体に若返る。先日、その秘密を突き止めたとスペインの研究者が論文発表した。染色体の末端部で寿命を決めるテロメアの劣化を防ぐ仕組みが備わっていたという。

人のように複雑な生物に応用できる成果ではない。それでも不老不死という言葉は胸をざわつかせる。「永遠の命」は人間が描いてきた夢であり、生命科学の研究を推進するエンジンだった。一方で哲学や文学はそれがもたらす倫理的退廃をも論じてきた。人にはクラゲと違って「魂」の問題があるからだ。

チェコの作家、カレル・チャペックが百年前に発表した戯曲、「マクロプロスの処方箋」(阿部賢一訳)。三百年を超えて生き続ける女性の秘密を知り、人々は興奮する。「すべての人に三百年の人生を!」。そうすればあらゆる知識を手にし、よく働き、人生の価値が増すと説く者、寿命を売る商社を作ろうと言い出す者。

彼らに対し女性がとった行動とは。結末は伏せるが、チャペックはおそらく病気や老いや労働に悩みつつ、せいぜい百年という限られた持ち時間を数える人生が、三百年の人生よりも劣るとは考えなかった。到達した数字の大きさよりも、いくつでもどんな状況でも、いま生きてあることに感謝し寿ぐ。そうありたいと思う。