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映画「十戒」は旧約聖書出エジプト記」を原典にした大作である。圧政に苦しむイスラエルの民が天啓を受けたモーセに率いられ、エジプトを脱出する。人びとは家財道具を荷車に積み出発した。映画では、「世界に自由が生まれた日である」との語りが挿入される。

こちらの独裁国家でも、エクソダス(大量脱出)が始まったのか。ウクライナ侵攻をめぐりロシアが予備役の部分的な動員を始めたことが人びとを動揺させている。国境を接するフィンランドなどに出国する人波が絶えない。「もう二度と戦いたくない」。NHKは、同国を経由してトルコに逃れる元軍人の肉声を伝えた。

従軍経験をもつ評論家の山本七平は著書「私の中の日本軍」で、徴兵逃れの手口について言及している。当時、軍隊が最も嫌ったのは結核患者だった。徴兵検査の際に結核と誤診させる方法として、「検査の前々日にツベルクリンの注射をしてその朝にナマズの生き血を飲む」という珍説が広く流布していた、というのだ。

ロシアでは動員逃れのために意図的に骨折する方法を指南するネット投稿もあると聞く。命あっての物種である。冒頭の映画では、エジプトの軍勢がモーセ一行の脱出を阻む。その時、海が二つに割れ、道が開けた。現実世界では奇跡は望めない。権力者が最も恐れるのは民心の離反だ。出国や動員忌避はその兆候だろうか。