11/6 新紙幣の存在感

「現金だけ。すみませんね。現金だけなんですわ」。タクシー料金を払おうとしてクレジットカードを差し出したら、高齢のドライバーが申し訳なさそうに言う。「Suicaは?」「それもダメなんですよ」「PayPayも…」「すみませんな。現金だけですわ」。

つい先日の夜、東京都内の話である。この運転手によれば、個人タクシーだから端末設置の費用がかかるし、「そういうのはどうもめんどくさい」。いささか当惑したが、キャッシュレス決済が急速に普及してきたせいで余計にそう思うのだろう。財布からお札を出したとき、その日初めての現金払いだと気付いた。

現金全盛のころから活躍する諭吉、一葉、英世の紙幣の製造が、先ごろ終了していたそうだ。こんどの「顔」は栄一、梅子、柴三郎。新しいお札は2024年度の登場に向けて量産中だという。しかし経済産業省によれば、キャッシュレス決済の比率は21年度に32.5%まで高まった。コロナ禍が加速させた面があるようだ。

給与のデジタル払いも現実味を帯びてきたから、新札の3人組は存在感が低下するかもしれない。ちなみに、くだんのドライバーはバブル期も知るベテランらしい。酔客が諭吉を掲げてタクシー争奪戦を演じたという時代だ。「あのころが最後でしたわ」。キャッシュレス決済は伸びても、肝心の賃金が伸びぬ日本である。