12/5 現代の蹴聖

「剣聖」と称されるのは二刀流の宮本武蔵、「楽聖」はベートーヴェン。では「蹴聖」をご存じか。平安時代の貴族、藤原成通である。古今無双の蹴鞠の達人とされる。中沢新一著「精霊の王」によれば、2千日にわたり連日興じ、病床でも布団をめくり蹴ったそうだ。

ある夜、机に向かっていると、サルの体に人間の顔をした童子が現れた。「鞠の聖」だという。成通に「人々が蹴鞠を愛好している時代には国栄え、よい人が政治をつかさどり、幸福がもたらされる」と告げたと伝わる。競技に打ち込むと雑念が消え、罪の種子もなくなると効用を説いたそうだ。成通は社に精をまつった。

サッカーW杯で日本は強豪を連破し、日本時間あす未明、初の8強入りをかけクロアチア戦に臨む。Jリーグが発足し選手やファンの裾野が広がって30年余。果敢に海外に出て、技を磨きメンタルを鍛えてきた若武者に各地から熱い声援が送られることだろう。鞠の精のご託宣の通り、世相のムードも変わってほしいものだ。

「失われた」という言葉が冠されることの多い歳月。わがサッカー界は着実に力を付けてきた。町工場から世界ブランドに育った企業とも軌跡は似通う。練習と研究と挑戦を怠らず、荒波にもまれてきた現代の蹴聖たち。その躍動はニッポン再浮上の契機になる気さえする。あすの朝、歴史の扉はこじ開けられているか。