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「いま付き合っている女がいるのに、元カノを褒めちぎる歌ばかり詠む男っていない?あと、扉を開けっぱなしで行っちゃう人って、まじ耐えられない。いま考えると気が狂いそうだから、あした考えよっと」。スカーレット・オハラ風に訳した「枕草子」の一節だ。

翻訳家の鴻巣友季子さんが対談集「翻訳、一期一会」で紹介している。英米文学が専門の鴻巣さんは、日本語の原典ではなく英語版「枕草子」の「にくきもの」を現代語に訳し直した。ネガティブな言葉でイヤなものを並べたてるうち、怒りが止まらなくなる文章の勢いを「風と共に去りぬ」の気が強いヒロインに重ねた。

これを読んで、思い出した。いま話題の生成AI(人工知能)という技術である。膨大なデータを読み込んでおり、カギとなる言葉や指示を入力すると、なかなか完成度の高い文章や画像を作り出す。「枕草子スカーレット・オハラの口調で訳して」。そんな風に打ち込めば、冒頭のような文章も出来上がっただろうか。

ある評論家はオハラを「文芸史上一番しょっちゅう怒っている主人公」と評した。また、清少納言は原典で敬語を使っていない。鴻巣さんはこうした知識をつなぎ合わせ、英文のリズムも生かした女性の本音トーク風に仕立てた。その複雑なプロセスこそ創造だ。やがて機械がこれもこなすのだとすれば、少し空恐ろしい。