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文学紹介者の頭木弘樹さんは30年以上、病のせいでマスクを手放せない生活を送ってきた。常にマスクをしている人間は少数派の時代。外出するたび視線の圧を感じる。そんな頭木さんにとって、新型コロナのパンデミックは驚くべき大転換をもたらしたという。

「マスクをしている人のほうが正しくて、マスクをしていない人が変な目で見られるようになった。正統と異端の完全な逆転。こんなにも簡単にひっくり返るものなのか」。一昨年夏、日経夕刊のエッセーに記した。そのあべこべ状態はまさかの3年も続いた。そしていま、再度の大転換を前に日本人は大いに迷っている。

政府は5月8日からコロナを「普通の」感染症にすると決めた。マスクを着けるかどうかは各自の判断に任せるという。これで誰にも強制されない。にもかかわらず、ライブハウス関係者は外す人と着け続ける人との間でトラブルが起きないかと心配している。学校現場からはマスクを理由にした差別への懸念も聞こえる。

透けて見えるのは、個人の考えよりもどちらが多数派なのかを気にするこの国の風潮と、少数派が居心地の悪い社会の姿だ。コロナが終わった世界を想像して頭木さんはこんな風に書いていた。マスクをしていると、「『コロナ禍を思い出させるやつ』として、冷たい仕打ちを受けてしまうのか?それもこわい。」