4/29 異次元緩和の功罪

俳人金子兜太さんは日銀マンだった。戦争中に東大を出て入行したが、3日で退職した。海軍士官を志したためだ。本人いわく「笑ってしまうほど軽薄な決断」から南方戦線への赴任を希望し、主計中尉としてトラック諸島に送られた。待っていたのは地獄だった。

形勢は厳しく、米軍の機銃掃射が降り注ぐ日々。寄せ集めで作った手投げ弾が誤爆し、仲間の胴体に穴が開いた。飢えに耐えきれず、海のフグを貪った人は毒に倒れた。「この戦争はダメだ」、そう確信したという。無謀な国家運営はなぜ止まらなかったのか。一端にあったのが、日銀による戦時国債の巨額引き受けだ。

本来は無理筋の戦費支出が、国債で賄えてしまった。異次元の金融緩和が政府の大判振る舞いを許す現状も、時にダブって映る。むろん防衛も社会保障も入り用だ。だが財政規律を無視すれば行く末を誤る。きのうは植田新総裁が初の金融政策決定会合を終えた。過去の緩和策のレビューを行うそうだ。功罪は冷静に見極めたい。

復員後、兜太さんは日銀に復職した。俳句に精力をつぎ込みつつ、生活のためだとして定年までつとめ上げた。神戸支店時代に詠んだのは「朝ははじまる海に突込む鴎の死」。港の海中に魚を追う鴎に、落ちゆくゼロ戦を重ねた。5年前に98歳で旅立った戦後俳壇の巨人は、令和の古巣に何を思うだろう。