6/27 失われた色彩

野見山暁治さんは先の大戦満州ソ連国境に配属された。雪、樹、霧。画家の目には色のない世界と映った。ある日、凍土にカーキ色を見つける。夢中で掘って現れたのはミカンの皮。色のある所へ帰りたい、そう思い涙したと綴った(「人はどこまでいけるか」)。

出征前に一緒に学んだ東京美術学校(現東京芸大)の友人らをおおぜい失った。遺族に届いた遺骨箱に入っていたのは白い貝がらだったり、小さな木片だったり。「ついに色の世界に帰れなかったのは、どんなにきつかったろう」。後に戦没画学生の遺作を集める旅に出たのも、戦争で色彩を奪われた実体験からこそだろう。

日本の美術界を引っ張ってきた野見山さんが亡くなった。100歳を超えてもなお創作を続ける熱量とともに、戦争を冷徹に見つめた視線が印象に残った。「百人が反対しても一人のヒトラーが出れば戦争は始まる」「戦争が二度とこないわけがない。子どものいじめと同じ」。あえて厳しいもの言いで、平和の尊さを訴えた。

残念ながら野見山さんの警鐘通り、世界では豊かな色彩が失われた光景が広がる。ウクライナ侵攻を続けるロシアでは、ワグネルの反乱で泥沼の内戦の予感すらよぎった。兵士の中には争いよりも、芸術を愛する若者がたくさんいるだろうに。世界中で戦没画学生の絵を展示したらいい。画家の言葉が重く響く。