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戦前からプロ野球で活躍したロシア出身の投手、ビクトル・スタルヒンには「須田博」の日本名を強いられた時期がある。外国人や外国語排斥の動きが強まっていた1940年、球界は世間の批判を恐れ、本名を塗り消したのだ。やがて試合への出場も許されなくなる。

当時の排外主義はさまざまな分野に及んでいた。ストライクを「よし」、アウトを「ひけ」と唱えた野球だけではない。バイオリンを「瓢箪型西洋三味線」、工具のドライバーを「柄付き螺回し」などと言い換えて「敵性語」追放に躍起になっていたのだ。いま考えれば噴飯ものだが、さて、ほんとうに過去の話だろうか。

JR東日本が、山手線の恵比寿駅にあるロシア語の案内表示を紙で覆い隠していたことが分かった。利用者からクレームがついたからだという。批判を受けて約1週間で元に戻したものの、後味はとても悪い。ウクライナ侵攻に憤るあまり、言語の封印を求める幼稚な空気。一時はそれに応じた大企業。ただただ情けない。

そもそもウクライナ語にもキリル文字は使われるし、当地にはロシア語の話者も多い。そこだけ見ても非常識な指摘が、いったんはまかり通ったのだから「敵性語」を笑えようか。かのスタルヒンの名は、いま、北海道旭川市の市営球場に冠せられている。よもや難癖はつけられまいが、それに近いことが恵比寿駅では起きた。