3/5 プーチンを理解せぬ者

「戦争が廊下の奥に立つてゐた」。昭和初期に活躍した俳人、渡辺白泉の句である。重苦しい影が、知らぬ間に日常に忍びこむさまを詠んだ。こんな作品も残る。「玉音を理解せし者前に出よ」。旧軍の施設で終戦を告げる昭和天皇のラジオ放送を聞いている姿だろう。

かつて軍ではよく兵らに「列より一歩前へ」とよく命じた。決死の作戦への参加を募る折などは強い同調圧力となったに違いない。句の作者は一兵卒。戦争が終わった現実を前に、極端な上位下達の組織でいばってきた上官に対して「前へ出てみろ」と心の中で意趣返ししたと取れる。皮肉をこめて、専制体制の末路を五七語に刻んだ。

ロシアのウクライナへの侵攻は、原発が攻撃される事態となり、世界が震えた。収まらない軍の行動や百万人を超える避難民の姿にロシア市民は何を思うか。抗議デモは瞬く間に鎮圧されて、俳人の表現を借りれば「プーチンを理解せし者前に出よ」とでも言うような、強権的な支配が国の大半を覆っているようにみえる。

ならば国際社会は「理解せぬ者」たちでまとまり、どんどん前に出て、常軌を逸したかとみえる指導者を追い詰める以外あるまい。侵攻の大義が崩れ、独裁的な政治への疑問の渦が巻けば、人心は急速に離反する。ロシア市民の大半が「理解せぬ者」になる前に、軍を引くべきだろう。冷笑する詩の数々がうまれぬうちに。