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自分に届いた郵便物を手に新入社員が先輩に尋ねる。「これ何でしょう」「召集令状じゃないか」「召集令状って、いったい何です?」。小松左京さんのSF小説召集令状」はそんな会話から始まる。舞台は終戦から18年後。戦争を知らない若者が街に増え始めた頃だ。

受け取った男らは入隊日にふっと姿を消し、やがて戦死広報が届く。戦争を続けるもう一つの日本があるかのようだ。登場人物が諦めて言う。「それ(戦争)が始まっちまえば、個人の力ではどうにもならんのさ。そういう時代に生まれたのが不運ってもんだ」。空襲の下で徴兵と戦死を覚悟していた小松さんの実感だろう。

ロシアが国民を広く戦いに動員し始めた。特別な軍事技術や経験を持つ予備役が対象というが、ロイター通信は「反戦デモの参加者が拘束され、そのまま令状を渡された」例を報じている。会社員や医療従事者も対象となり国外脱出が相次ぐ。遠くの「特別軍事作戦」が戦争の素顔をさらけ出し、日常を覆い始めた。

小松さんの小説では、怪現象の原因は戦後の自由な空気を嫌う老いた超能力者の「外国をやっつけろ」「若者は徴兵で鍛え直せ」という妄想だった。こちらは作り話だが、ロシアでは実際に妄想めいた被害者意識を抱く老人が権力を手にし、まずは隣国で、さらに自国でも、ふつうの人々を先の見えない暗い道に導いている。