3/2 トルストイの平和思想

「戦争はまたも起こってしまった。誰にも無用で無益な困難が再来し、偽り、欺きが横行し、そして人類の愚かさ、残忍さを露呈した」。1904年6月、日露戦争が勃発して4ヶ月後にロシアの作家トルストイは、非戦を訴える長大な論文を英タイムズ紙に寄稿した。

冒頭の引用はその一節である(「現代文 トルストイ日露戦争論」より)。「殺してはならぬ」というキリスト教の精神と人間の良心に絶対な信を置く晩年の文豪は、自らの祖国と日本に向け即刻殺りく行為をやめるよう説いた。国際社会に大きな反響を呼んだが、平和思想そのものはほとんど理解されなかったようだ。

載せたタイムズ紙自身が「理想主義」と切って捨て「無能」呼ばわりまでした。日本では社会主義者幸徳秋水らの「平民新聞」に全文を訳して紹介したが「現在の問題を解決しうる答弁ではない」と失望を表した。19歳でこの論文を読んだという歌人石川啄木も、戦争正当論に染まり理解できなかったと告白している。

道徳や倫理で現実の政治が解決できるものかという声は絶えず歴史に響いてきた。血を流さずに守れる平和などないという主張ももっともらしい。それでもトルストイはひるまず戦争の絶対悪を言い続けた。あなたは殺せますか、大切な人が殺されることに耐えられますか。その普遍の問いかけが、いま世界中に木霊する。