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2011年は東日本大震災が起きた年として、私たちの胸に深く刻まれている。でも、同年7月、新潟、福島両県を集中豪雨が襲い、死者・行方不明者が出たことを覚えているだろうか。多くの住宅が被害を受け、自衛隊が災害出動した。この年、天は福島に非情だった。

インフラも破壊された。福島・会津若松駅と新潟・小出駅を結ぶJR只見線は、3本の橋梁が崩落した。特に被害が甚大だった奥会津の山あいの区間は、バスによる代替輸送を余儀なくされた。災害から11年。今月1日、不通区間の工事が終わり、只見線は全線復旧した。この日を待ち望んだ沿線住民の感慨はいかばかりか。

先日、ミニシアターで「霧幻鉄道只見線を300日撮り続ける男」という記録映画が上映されていた。四季折々の美景を撮り続ける郷土写真家の日々を追う。霧が立ちこめる鉄路の画像などをネットで発信したところ、アジアの人びとの注目を集めた。インバウンドを呼び込み、沿線復旧の起爆材に。そんな期待も膨らむ。

ただ、巨額の地元負担が伴う復旧を採算面で疑問視する声も。「只見線が1本につながってこそ意味があると考えるのは共同幻想」。外部の識者が財政支出をチェックする福島県の包括外部監査報告書は指摘する。日本初の鉄道開業から、きょうで150年。全国のローカル線の行く末が案じられる「鉄道の日」である。