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昭和初期、最後の元老といわれた西園寺公望の秘書、原田熊雄は、歴代の首相ら政官界の上層部と頻繁に会い、情報収集につとめた。残された膨大な口述録を開くと、西園寺からは、しばしばこんなふうな指示が飛んでいる。「くれぐれも軍部の動きに注意をしてくれ」

▼相次ぎテロやクーデターを試み、力を背景に言論をねじ伏せた統治の結末。日本は亡国の淵へと追い込まれた。それゆえ、去年の11月、東京都立大で襲われ、大けがをした教授の宮台真司さんの先日の対面での講演の言葉には重みがあった。「襲撃によって、怖くなって安全地帯にとどまり外に出なくなることは避けたい」

▼その直後の事件の急転である。相模原市に住む容疑者とみられる40代の男の死亡が、警視庁により確認された。昨年12月、同庁が防犯カメラの映像を公開した後に、自宅近くで自殺をしたものらしい。遺書はあったというが、事件については触れられていないともされ、キャンパスを震わせた背景の解明はこれからになる。

▼「気持ちの踏ん切りがつきにくい」。容疑者死亡の一報に宮台さんはネット上で感想を漏らした。「世の中にどんな動機を持った人が、どのように分布しているかが不確かになる」と社会学者らしい懸念も吐露する。間欠泉のごとく噴き出す言論に対する暴力。徹底究明こそが、歴史の歯車を戻さないための一歩になろう。