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先日、読売新聞の歌壇にこんな歌が載った。「『高橋和巳全集』を書架から外す 青春にいざ さらばする友」。東京の読者の作品である。作者や友人はどんな日々を過ごし、今に至ったのだろう。秀歌に触発され、高橋和巳全集の古本をネットで注文してしまった。

高橋は、1971年に39歳で早世した中国文学者だ。戦後社会の倫理を問う骨太の著作は、全共闘世代に支持された。村上春樹さんの小説「ノルウェイの森」の語り手は、当時の若者の読書傾向について語っている。「彼らが読むのは高橋和巳大江健三郎三島由紀夫、あるいはフランスの現代の作家の小説が多かった」

代表作「堕落」の主人公は独白する。「政治的に思弁するということは、それ自体が悪なのだ」。政治の本質は陰謀だ。対立する敵の行動に備えるには、理想を説くのではなく、自らも邪悪な思考を身につける必要がある。歴史を動かしてきたのは、悪人なのだ。「こうした人間に、どんなヒューマニズムがありえようか」。

国際刑事裁判所に逮捕状を発付され、悪人の評判に箔をつけたロシア大統領。今度はベラルーシ核兵器を配備するという。一方、日本の国会は、わが首相がウクライナ大統領へ贈った「必勝しゃもじ」の当否を議論する。泉下の作家はこの政治状況をどう論評するのか。誰かが書架から外した全集を読み、考えてみたい。