5/12 地震の備え

揺れが始まったとき、物理学者の寺田寅彦は上野の喫茶店で知人と語り合っていた。1923年9月1日の正午すこし前である。「椅子に腰掛けている両足の蹠を下から木槌で急速に乱打するように」地震は襲いかかったと、「震災日記より」に書きとめている。

観察眼はさすがに鋭い。「多分その前に来たはずの弱い初期微動に気が付かずに直ちに主要動を感じたのだろう」。そんなわずかな時間ののちに、関東大震災の悲劇は幕を開けた。これが現代ならば、初期微動(P波)を感知して緊急地震速報が鳴り響くかもしれない。ほんの数秒のうちにでも、火を消すことはできようか。

地震です! 地震です!」。ベッドのわきに置いたスマホ2台が激しく鳴動し、わあっと跳び起きた。きのう未明の、千葉県南部を震源とする揺れだ。夜明け前の闇のなかで、生きた心地がしなかったのは当方だけではあるまい。そして「その瞬間」への備えは確かか、あらためて思いをめぐらしている人も多いだろう。

先日も石川県能登地方で最大震度6強地震が起き、被害が出たばかりだ。関東大震災から100年。現実から片時も目をそらせぬこの地震国である。きのうの揺れのあと、枕元の書棚に乱雑に詰めこんだ本が凶器に見えてぞっとした。震災体験を機に防災減災に心を砕きつづけた寅彦の警告を、いま一度かみしめている。