3/10 無差別攻撃の悪

第2次世界大戦後、連合国が日本の指導者の戦争責任を追及した極東国際軍事裁判東京裁判)。被告人の無罪を主張したインドの法学者、パール判事は、意見書のなかで第1次世界大戦当時のドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が述べたとされる言葉を詳しく紹介している。

「老若男女を問わず殺りくし、一本の木でも一軒の家でも、立っていることを許してはならない」「かような暴虐をもってすれば、戦争は2ヶ月で終わる」。引用の後、判事は語る。非戦闘員への無差別攻撃こそ、ドイツ皇帝の言葉に最も近い、と。戦勝国、敗戦国問わず非道な行為は許されない。そんな思いを吐露した。

1945年3月10日。米軍の大空襲により帝都の下町は廃虚と化した。「炎の中、赤ちゃんが火ぶくれのようになって飛んできて、私の足にぶつかった。そして、また、後ろに飛び去っていった」。東京都江東区東京大空襲・戦災資料センターは、女性教師の証言を展示する。その光景を描いた絵画とともに。

NHKの報道によると、ウクライナでは今後3ヶ月で8万人の女性が出産予定という。だがロシア軍は病院を攻撃した。「この子には平和な世の中を見せたい」。地下鉄の構内などに逃れ出産に備える妊婦の言葉だ。現代ロシアのツァーリ(皇帝)と称される指導者も、かつては母の胸に抱かれる罪なき赤子だったはずだ。